1、世界の常識、日本の非常識「台本の読み方」には厳格なルールがある  

物語の構造

登場人物すべてには達成すべき究極の(最終的に到達したい)目的が設定されており、彼らが物語の中で行う冒険はすべて究極の目的を達成するための行動の結果である。

そして登場人物同士が自分の目的を達成しようと行動すれば、葛藤が生じるように作られている。

これが「物語の構造」である。

 

 

 

2、世界の常識、日本の非常識「台本の読み方」Ⅱ シーンの目的を知る  

無駄なシーンは1つもなく、無駄なセリフも1つとしてない

台本には大前提があります。

「無駄なシーンは1つもなく、無駄なセリフも1つとしてない」ということです。

映画のオーディションでは、台本の抜粋がテキストとしてよく利用されます。

では、あなたがオーディションで役として演じなければならないシーンは、何を伝えるために描かれたのでしょうか?

シーンの目的(何を伝えるために書かれているか)をしっかり把握していないと、自分が演じる役の役割を理解することが出来ず、目立つだけを目指すことになってしまい、自己満足は出来ても結果に結びつかないオーディションになってしまうのです。

 

 

 

3、世界の常識、日本の非常識「台本の読み方」Ⅲ 「本当に言いたいこと」を探す

セリフは覚えてはいけない!

覚えると「頭の中でページをめくる」ことになります。そして、必ずと言っていいほど言い間違えたり、言い直したりします。

海外では言い間違ったり、言い直したりする俳優は「素人」と呼ばれます。

セリフを言い間違ったり、言い直したりしないようにするためには、セリフの裏側にある「本当に伝えたい事」をちゃんと把握することです。

 

実生活で私たちは、ほとんど「言い間違ったり、言い直したり」しない。それはなぜでしょう?

 

「本当に伝えたいこと」をちゃんと理解して、言葉を発しているからです。セリフを覚えてしまったら、本当に言いたいことが分からなくなってしまい、生きた言葉がいえなくなるのです。多くの俳優が覚えることに労力をかけた挙句、相手役に何を伝えなければならないか分からずにセリフをしゃべっているのです。

 

 

 

4、世界の常識、日本の非常識「台本の読み方」Ⅳ メリハリあるシーンを作る  

台本から「モメント」を読み取る!

台本中のセリフのやり取りを注意深く読んでいくと、突然、脈絡なく、新しい情報がセリフとして入ってくる部分があります。

これが「モメント」です。しかし、日本の演劇の中にはこの「モメント」の概念はありませんので、突然新しい情報が入ってくる「モメント」に誰も意識を向けません。

しかし、この「モメント」を活用することで、俳優は驚くほどメリハリのあるシーンを作ることができます。

まじめなあなたは、オーディション全日、一生懸命準備をするでしょう。役の目的をテキストから読み取り、シーンの目的を確認して、衣装を用意します。

一人で即興的なシーン作りを何度も頭の中でシュミレーションします···

しかし、これらの準備によって大きな問題が生まれます。入念に準備したあなたの頭の中に出来上がったのは「段取り」!

シーンや役の目的を明確にして、自分の動きを準備して、その通りにオーディション会場で行うあなたは、新鮮味のない演技をすることになってしまいます。

相手役が何をしてくるか想定していないのです。これではオーディションは通りません。

突然、脈絡なく、新たな情報がセリフに入ってくるときは、相手役との間で「ある瞬間/モメント」が生まれているのです。相手役との関係や行動に明らかな変化があるからこそ、セリフに新たな情報が登場します。

相手役との関係や行動に現れる明らかな変化こそ、即興のかなめとなる部分です。相手の動きを見極めて変化を作り出さねばなりません。

 

 

 

5、世界の常識、日本の非常識「台本の読み方」 喜怒哀楽で一番出しやすい感情とは

感情には層(レイヤー)がある!

人間には大きく分けて「喜怒哀楽」の4つの感情があり、喜怒哀楽のうち最も外に出しやすいものは「怒り」だと言われています。

それはなぜでしょう?実は怒りとは「感情の蓋」なのです。

自分が見せたくない「恥」の感情や「悲しみ」「恐怖」「罪悪感」などを感じている時に怒りが表出します。

怒りを感じている時は、実は本当の感情を外に出せないときであるために「感情の蓋」と呼ばれ、一番外にあるから最も出しやすいのです。

もし、あなたの演じる役が「怒り」を表現しなければならない役であるとしたら、怒りの下にある「本当の感情」が何かを理解しなければなりません。

感情はいくつもの層になっています。

下図のように怒りの下にある感情と核心にある感情をちゃんと台本から読み取ることで、あなたはやみくもに怒りを表現しようとはしなくなるでしょう。

もし殺人鬼を演じる機会があれば、怒りの表出としての殺人の下には、もしかしたら悲しみが、さらにその下には「深い自己否定=自分はダメな人間」という劣等感があるのかもしれません。

怒りの下にあるものを読み取ることで、あなたは深い役作りができるようになります。

そのために感情には層(レイヤー)があるということを知ることは俳優にとって非常に重要です。

怒りの表現も1つではありません。セリフの中にどんなに強い言葉があったとしても、もしかしたら外に向かって行う表現は、無気力になっているかもしれません。強い言葉の通りに炎のように吐き出したら、あなたの演技は表層的になって言葉に振り回されているだけかもしれません。

怒りの表現が1つではないことを知るだけで、あなたは深い演技へアプローチできるようになります。

 

 

 

 

6、世界の常識、日本の非常識「映像の演技」   

映像の演技では、その場、その瞬間に生まれたものは神様からの贈り物

映像の演技では、撮影の最中に生まれた感覚、偶然の出来事、アクシデントを俳優が使えるかどうかによって、演技の質が大きく変わります。

舞台は、長期にわたった稽古期間で役を作るために、役作り(英語ではBuilding a character=役を積み上げる、組み立てていく、という言い方をします。)を意識することは少ないと思います。

しかし、映像の場合は長いリハーサルを行うわけではありませんので、俳優は「はじめに役ありき」でリハーサルに臨まないと稽古になりません。

それはオーディションでも同じです。映像の場合は、役作りをしてオーディションに臨まないと役は獲得できません。

更に映像の演技では、撮影の現場で演技をしている、あるいはオーディションの瞬間に起こった感情やアクシデント、感覚を演技に活かせるかどうかによって演技やオーディションの質が大きく変わります。

撮影現場で起こった常ならぬことは「神様からの贈り物」として、その出来事に対応して演技ができると、よりリアルな演技ができるようになります。

ですから、映画に起用される俳優は「高度な訓練を受けた真のプロか、でなければズブの素人のどちらかがいい」とよく言われるのも、その瞬間に生まれた感情や感覚を使えるのがこの両極端で、中途半端にトレーニングされた俳優は、その場で生まれたものを見て見ぬふりをして、自分の感覚に蓋をして予定調和の演技をするために新鮮な、リアルなものにならないのです。

 

 

 

7、プロしか知らない「俳優の言葉は2つある。」

俳優が使える言葉はセリフだけではない。

役者には使える言葉が2つある···こう聞くと????って感じがします。日本では浸透していませんが、実はものすごく大事な演技の考え方です。
役者の使える言葉···1つは文字通り、口をついて出てくる「言葉」···セリフです。声帯を持っていて声が出て、どっかの国の言葉がしゃべれると、だれでもが使えるコミュニケーションツール。
もう1つはと言うと···「体の動き」です。

町でよく見かけるシーン···若い男性が同世代の女性の頭をなでて「かわいい」とつぶやいてます。
一般的に考えれば「仲睦まじい」光景···しかし、俳優的視点からすれば「マウンティング」···。
つまり、この男性は相手の女性を見下し、ジェスチャーでそれを伝えているかもしれないのです。

二人の関係によって、違う意味あいも出てきますので、勿論、一概には言えません。
しかし、犬に触れる場合、頭をなでてはけない···は鉄則です。特に知らない犬に触れる場合、絶対にやってはいけない行為です。犬によっては攻撃してきます。
この男性も、女性の許可を取らずに頭をなでた場合、相手に対する攻撃あるいは見下しを伝えることになります。
言葉で許可を取ることは、ほとんどありませんので、不用意に女性の頭に触った可能性もあり、こうなると明らかにマウンティングになります。

それでは、この状況の許可を取るとは···

相手の手を握る···拒否されない···相手と腕を組む···拒否されない···
腰に手を回す···拒否されない···頭をなでる···等の段階を経て相手の反応から許可されているか否かを見極めること。
しかし、現実では、当事者が全く気づかず行っている場合が往々にしてあります。
人間は無意識に行為を行っていることが非常に多いのです。

役者は、舞台上、あるいはカメラの前で行う行為をすべて意識的に行うことで、行為をセリフ以上の意味を伝える「第2の言葉」にすることが出来るのです。

よく舞台のラブシーンで、腰が引けた二人が抱き合っているのを見ますが、
これも体の言葉が「私たち二人は恋人ではありません」と観客に伝えているだけ···
当の役者たちは必死ですから、自分の体が何を言っているか自覚していない···「うそ」の演技をしてしまっているのです。

行為による第2の言葉の方が多くの場合、雄弁に観客に多くのことを伝えてくれます。

 

 

 

 

8、世界の常識、日本の非常識「台本の読み方」に必須の知識「物語の構造」を知る  

台本を読みこなすために必要な「神話の物語構造」

  役の目的を理解すると同時に台本を読みこなすためには「物語構造論」的視点が必要になります。

人間が大人になるために通る関門を「通過儀礼」と言います。文化人類学ではこの通過儀礼を3つの段階に分けます。

  第1段階として、儀礼の当事者つまり若者··彼、あるいは彼女は、帰属していた社会的立場から「分離」します。

つまり親の庇護を受けていた「子供の立場」からの分離です。 

2段階は、彼あるいは彼女はそれまでの日常的な社会秩序から解き放たれ、非日常的な時間と空間へと「移行」します。 

この移行段階で、彼または彼女は痛みを伴ういわゆる「冒険」に直面します。「冒険」は、物語の筋を知っている私たち観客にとってわくわくさせられるものですが、 先の分からない当事者や物語の主人公にとっては恐怖や困難を感じる物語のクライマックスです。 

成人式などの通過儀礼はこの恐怖や困難を「社会システム」として作り、経験させることで「移行」を完了させます。

バンジージャンプがまさにこれです。 

3段階では、彼あるいは彼女は、その儀礼を経験し終えて元の社会に「再統合」され 「分離」以前に彼あるいは彼女を支配していた社会秩序とは違ったもの に組み込まれます。 

  この「分離」「移行」「再統合」が通過儀礼のプロセスであり「物語の基本形」です。

  つまり、物語の基本形とは「(登場人物が)行って帰りし」であり

  「人間が成長する過程を描いた物語」(ビルドゥングス·ロマン)なのです。

  この物語の基本形は、世界中の神話に描かれている英雄の冒険譚が元になっています。つまり、神話とは私たち人間の成長を描いた物語なのです。 

  では、なぜ登場人物は「分離」「移行」「再統合」を行うのでしょうか?台本の読み方の第1のキモは、ここにあります。

物語の登場人物には分離するための理由=登場人物は何かが足りない「欠落状態」に陥っており、その欠落状態を満たすために目的が発生します。

その目的を達成するために、彼や彼女はもともと居た社会から分離します。

そして移行の段階で登場人物は様々な冒険をしながら、目的の達成を試みます。そして目的を達成すると元の社会に戻っていく

目的を達成することで彼もしくは彼女は成長します。そして今までとは違った視点、行動、価値観、哲学を伴って元の社会で生きていくのです。

登場人物に与えられた目的には、2つの基本原則があります。

  1. 分離に先立ち登場人物は、進んでこの分離に飛び込もうとはしないこと。どちらかと言えばかなり消極的です。エヴァンゲリオンの碇シンジがエヴァに乗りたがらないのも、上記の基本原則があるからです。つまり人間は新しい環境には自ら進んで飛び込もうとはしないのです。 
  2. その与えられた目的には一足飛びには絶対に到達できないこと。到達してしまったら物語は完結してしまうからです。

    そこで何が起こるかというと···

    最初のページにあった「目的の連鎖」が台本中に形作られるのです。

    物語の中で登場人物は究極の目的に近づく為、究極の目的以前に様々な目的が設定されます。

    登場人物が経験する冒険は、言い換えればすべて「究極の目的」を達成するための試練=究極以前の目的なのです。 

    物語の登場人物たちは、それぞれにこの「目的の連鎖」を1つ1つ乗り越えて「究極の目的」に到達します。

 

しかし、これだけで物語は物語とはなりません。 

もし登場人物がすんなり究極の目的を達成出来たら、「移行」は終わり「再統合」されます。

 

「行って帰りし」には「学び」と「成長」がなければなりません。 

ここに他の登場人物たちの存在があります。

物語に登場する人物たちには、必ず他の登場人物(あるいは主人公)の目標と葛藤を引き起こす目標が与えられます。 

この葛藤によって事件が引き起こされ物語が進展します。

大切なことは、台本に書かれた「目的の連鎖」を読み解くことです。これが出来ないと芝居はできません。(目的の連鎖図参照)

ここまでがジョセフ·キャンベルが提唱した「ヒーローズ·ジャーニー」の考え方です。

しかし、「ヒーローズ·ジャーニー/英雄の旅」だけが物語の基本形ではありません。

全ての物語は、神話が基本形になっています。

人類学の世界的権威、クロード·レヴィストロースは神話を「人類最古の哲学」と表現しましたが、神話とは一口に言ってどんな物語でしょう?

神話とは、全く相いれない二つのものの中に共通性を見つけ、それを統合する物語です。

例えば貧しきものと富めるもの、人間と自然、人間と動物などです。神話の中では人間と動物は同等として扱われ、熊が人間に変身し、人間も毛皮を着て熊に身を変えます。物語によっては熊やヤギが人間の子供を身ごもります。

「シンデレラ」というおとぎ話がありますが、「シンデレラ」の物語は、古い、古い時代、まだ文字が生まれていない頃に生まれた神話に起源があると言われています。

社会の最下層に生きるシンデレラと富と権力の頂点にいる王子が、舞踏会で出会い結婚をする物語です。

シンデレラはフランス語で「サンドリオン」(灰かぶり娘)と言います。かまどのそばで働き、いつも灰まみれになっている者、あるいは隠語として娼婦を指す言葉でもあり、社会で最も身分の低いものを指しています。

最初の状況では社会的な身分の高さと低さが徹底的に分離されています。これは、おとぎ話として成立した当時の現実でもありました。

封建的な身分制度が動かしがたく存在していて、社会的ヒエラルキーをもとに構築されていました。しかも、この高いものと低いものの間を仲介するものがない状態が、物語の発端の状況を作り上げ、同時に社会的現実でもあったわけです。

最後に起こるシンデレラの結婚によって、社会的に極端に身分の低いもの(かまどのそばで働くもの)が高いところに収まり(お姫様)、身分の高い王子が身分の低いものと結婚するという状態に変化しているのです。つまり媒介や仲介が起こっているわけです。

神話はこのように両極端にあって仲介するものがない分離状態の2つのものを結びつけるのです。現実の世界を作り上げている不均衡なものの間を仲介し、現実世界では解決できない矛盾を、幻想的に解決してみせようとするのが神話なのです。

宗教学者の中沢新一は、神話と同じ機能を「芸能界」が担っていると言います。「現代の芸能界は、社会的なステータスが、そこで転換を起こす場所として、人々の関心を引き付けています。そこでは続々とシンデレラがつくりだされ(中略)上昇と転落劇的に入れ替わっていくのです。いまや社会の諸価値が転換を起こす「カマド」は欲望渦巻く芸能界に存在することになってしまったようですが、そこで作動している思考プロセスは、とてつもなく古い時代からなにも変わっていないことに驚かされるのです。

 

 

 

9、世界の常識、日本の非常識「台本の読み方」に必須の知識「4大衝動」を知る  

キャラクターの行動を規定する「衝動」の種類を知る。

登場人物の目的が明確に規定できないときもあります。···

そんな時は人間が持つ「4大衝動」からキャラクターの行動を探っていきます。

4大衝動とは、獲得衝動、学習衝動、親和衝動、防衛衝動をいいます。

スタニフラフスキーの時代、つまり20世紀初頭は、心理学、人間行動学などの研究が進んでいませんでした。だから···

他分野の研究成果を演技に利用できませんでした。しかし、現代は違います。様々な分野の最新の研究成果を使って、新たな演技術を構築できる時代になりました。また、現代では登場人物の目的が明確に規定できない台本も多くなっています。

なぜなら、現代社会で人間は同時に複数の衝動のために行動し、自分自身の中で葛藤を引き起こしている場合が多いからです。

そこで次に考えなければならないのが、登場人物の中にある4大衝動です。

  1. 獲得衝動は、財産、地位などを獲得する欲求
  2. 学習衝動は、学び知識を得たい、 知らないことを知りたいという欲求
  3. 親和衝動は、誰かまたは組織とつながりたい、仲良くしたい欲求
  4. 防衛衝動は、財産や家族、自分を守りたい欲求

人間が葛藤を起こすのは、2つ以上の衝動を同時に感じながら、すべてを満たすことができず、どちらを選ぶか迷うから。

登場人物の目的が読み取れない場合、登場人物の中にある2つ以上の衝動を見つけ出し、衝動の間に生まれる葛藤を明らかにして
登場人物が、どの衝動を選択しどのような行動を取ろうとしているかを読み取ることが必要になっているのです。

 

 

 

 

10、世界の常識、日本の非常識「表現者が目指すべき究極の体の状態」を知る 
安全で安心な環境で生まれる「オープン」という状態


俳優をはじめとした表現者には、到達しなければならない体の状態があります。それは「オープン」という状態。

ピークパフォーマンスを行う上で不可欠な体の状態です。

では、一口に言って「オープン」とはどんな状態でしょう。

「自分自身を守らず、何を表現しても稽古場、劇場、カメラの前で受け入れられることを確信できる」状態です。

黒澤監督の映画「生きる」のエンディング近く···男(志村 喬)が自分が作った小さな公園のブランコに乗って、降る雪の中「ゴンドラの歌」を涙を流しながら歌うシーンが、まさに俳優が「オープン」の状態で演じた世界で最も有名なシーンです。

「オープン」は安全で安心な環境でなければ、俳優は作り出すことができません。

しかし、多くの現場は殺伐としており、俳優が「安全で安心」と感じられるような環境にはなりにくいのが現状です。

違う視点から言えば、安全で安心な環境がなければ、オープンになれないというのでは使い物になりません。

俳優が「オープン」状態を作り出せるようになるためには、いくつかのステップを踏む必要があります。

1、まず自分が今「オープン」状態であることを実感できるようになる。

2、自分が安心·安全な状態で「オープン」になれるようになること。

3、現場のような厳しい環境の中でも役に入って「オープン」になれること。

上記の中で特に難しいのは1です。なぜなら、日本の演劇の世界には「オープン7」のコンセプトはありません。違う言い方をすれば「名前」が付けられていないのです。ですから、「オープン」のコンセプトを知っている演出家なりアクティングトレーナーが、俳優を導き、そして「今オープンの状態だよ」と教えなければ何度も教えなければ、俳優は「オープン」の状態を理解できるようにはならないのです。

 

 

 

11Saaオリジナル「J-POPで学ぶ台本の読み方」  

役作り、シーン作りの為に台本から読み取らなければならない3つのポイント

常々疑問に思っていることがあります。

経験の少ないあるいは経験のない俳優が、最初から台本を使って芝居するのは荷が重すぎるのではないかと。

台本は「1p当たり2分」と言われています。2時間の芝居なら約60pほど。膨大な情報量です。

経験の少ない、あるいは経験のない俳優なら、「台本」という名の情報の海で溺れてしまいます。

台本を読むこと自体が苦行になる上に、もし俳優たちが台本の読み方のルールを知らなかったら、何をどうすればいいか分からず、あえなく断念という状況にもなりかねません。

英語には「Pay is play」(演技は遊び)という表現があるように、演じ手が楽しめないと観客は楽しめません。

ごく短い芝居で台本の読み方などをトレーニングできたら、俳優たちも興味を持って演技に取り組むことができるのではないか···

では、どうやったら俳優は楽しみながら台本の読み方のルールが理解でき、楽しみながら役作りやシーン作りができるようになるでしょう?

SAAが着目したのはj-POP、いわゆる歌謡曲です。「歌は3分間のドラマ」と言われます。歌謡曲を台本として使えないはずはありません。

Saaでは1)台本の読み方ルールに習熟する為、2)衣装を含めた役作り、3)シーン作り の3つのスキルを磨くため歌謡曲を利用しています。

しかし、歌謡曲ならどれでもいいというわけではありません。星の数ほどあるJ-POPの中で台本として使えるものは微々たるものです。

以下の3点が書かれていないと台本としては機能しません。

 

  1. 登場人物(主役)には達成すべき目的があり、歌詞に描かれている。
  2. 登場人物の外見、衣装などが歌詞に書かれているか、イメージできる(歌詞に書かれていなくても歌詞や状況から想像でき、その根拠が明確である。
  3. その他の人物の目的、衣装を含めた外見などが歌詞に書かれてるか、イメージできる。(歌詞に書かれていなくても歌詞や状況から想像でき、その根拠が明確である。

 

上記3点が歌詞に書かれているか、イメージできれば、役作り、シーン作りを行うことができます。

台本としてJ-POPを活用できるいい例はCOCCOの「強く儚いものたち」、少し古くなりますが嶋津ゆたかの「ホテル」、石川ひとみの「待ち伏せ」です。